シベリア少女鉄道 vol.39 「降臨 -ワールドヒーロズユニバース-」
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。

大好きなシベリア少女鉄道の新作公演が、
池袋のあうるすぽっとで先日上演されました。
これだけは絶対観逃せないので平日に足を運びました。
シベリア少女鉄道は基本的に、
ネタバレ厳禁の世界なので、
ブログの感想も舞台が終わった後で書くようにしています。
以下少し内容のネタバレがありますので、
ご注意下さい。
シベリア少女鉄道を初めて観たのは、
2005年の「アパートの窓割ります」からなのですが、
これは正直全然ピンと来なくて、
次作の「笑顔の行方」も理解不能だったのですが、
2006年の「残酷な神が支配する」という作品に仰天して、
ああ、もっと早く観ておけば良かったと、
第七病棟の「ビニールの城」を見逃したことと、
ポツドールのセミドキュメント演劇を見逃したことと併せて、
生涯の個人的3大演劇大後悔と呼んでいます。
たとえば、状況劇場の「ベンガルの虎」を見たかったとか、
天井桟敷の「疫病流行記」を見たかった、
というのは、
観たくとも世代的に絶対無理だったので仕方がないのですが、
上記の3大後悔は、
見ようと思えば見ることは出来たのに、
見るという選択をしなかったという大後悔です。
その後「永遠かも知れない」を観て、
また大興奮をして、
僕の中でシベリア少女鉄道は絶対になりました。
その当時の作品と比較して、
最近のシベリア処女鉄道は、
土屋亮一さんも心に余裕が出来たからなのか、
作品に世界の終わりを目撃するような、
ある種切羽詰まった感じがなく、
とてもウェルメイドな感じになっています。
それと、ネタがかなり「演劇」に傾斜していて、
演劇を上演するという枠の中に留まることが多くなっている、
という点も少し物足りなく感じる点ではあります。
ただ、作品の技術的クオリティは、
昔と比べれば格段に上がっていて、
演技も美術も音響も、
しっかりとプロのレベルに仕上がっているのはさすがです。
昔はその発想や構成は奇蹟のように素晴らしくても、
演技は正直学芸会かおままごとレベルということが、
通常であったからです。
ただ、「永遠かも知れない」のように、
そこをまた逆的に取ったような傑作もありました。
さて、今回の作品は以前の「VR」という作品にちょっと近いのですね。
最初にテレビをザッピングするように、
幾つかの番組的世界がドラマとして展開され、
それから刑事ドラマと青春ものを掛け合わせたような、
ありがちな物語が始まるのですが、
それが途中から人物の出し入れが、
やや辻褄の合わないような感じになり、
外野からの声が響いて、
今まで見ていたものが、
対戦型のカードゲームの世界であったことが明らかになります。
その後はカードの出し入れによって、
生身のキャストが複数の役を演じないといけない事態となり、
そのドタバタを何とか収束しつつ、
物語の大団円を全員が目指す、
といういつもの展開になります。
以前の「VR」ではモニター上に、
そのゲームのプレイヤーの日常が投影されるのですね。
そのプレイヤーの日常世界と、
舞台上で進行するゲームの枠の中の物語の世界が、
同時進行するという流れになります。
物語が実は外部世界から操られて存在していた、
というのは、
演劇のみならず、映像メディアや活字メディアでも、
昔から定番の多層世界の趣向ですが、
シベリア少女鉄道の新しさは、
その多層世界を目撃している、
第三層とも言うべき観客の存在もそこに取り込んで、
崩壊しそうな世界を、
その3者で何とかもちこたえ、
世界を収拾に向かわせるというゲームを、
シニカルかつ必死に、
それでいて徹底して遊んでしまおう、
という、これまでより一歩進んだ展開を、
演劇という枠組みに与えた、
という点にあります。
今回の作品ではキャスト陣が精鋭揃いで、
精緻な仕掛けを熟練の手際で動かし、
拡散する物語を纏め上げた手腕に感心させられました。
ただ、ゲームを操っている世界が、
この作品では数回のナレーションでしか提示されず、
後はキャラの頑張りのみがクローズアップされる、
という後半の展開は、
最近のシベ少はほぼ全てそうなのですが、
少し物足りない感じを持ちました。
「残酷な神が支配する」の衝撃は、
巨大なアントニオ猪木の映像が現れて、
それが舞台全体をぶん回す、
という圧倒的な奇想的場面にこそあったので、
普段目にしてはいけない異常な存在が、
この世界を成立させている、
というような奇想を、
個人的には想像してしまったのでした。
また今回上演時間は2時間強で、
後半の1時間以上は、
ネタバレ後の混乱収束が延々と続くので、
やや単調で長過ぎる、
という感じは否めませんでした。
ただ、そうした点を割り引いても、
最近のシベ少の舞台の中では、
最もそのからくり仕掛けの凄みを、
堪能出来た作品であったことは確かで、
これからも必ず足を運びたいとは思っています。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は日曜日でクリニックは休診です。
休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
大好きなシベリア少女鉄道の新作公演が、
池袋のあうるすぽっとで先日上演されました。
これだけは絶対観逃せないので平日に足を運びました。
シベリア少女鉄道は基本的に、
ネタバレ厳禁の世界なので、
ブログの感想も舞台が終わった後で書くようにしています。
以下少し内容のネタバレがありますので、
ご注意下さい。
シベリア少女鉄道を初めて観たのは、
2005年の「アパートの窓割ります」からなのですが、
これは正直全然ピンと来なくて、
次作の「笑顔の行方」も理解不能だったのですが、
2006年の「残酷な神が支配する」という作品に仰天して、
ああ、もっと早く観ておけば良かったと、
第七病棟の「ビニールの城」を見逃したことと、
ポツドールのセミドキュメント演劇を見逃したことと併せて、
生涯の個人的3大演劇大後悔と呼んでいます。
たとえば、状況劇場の「ベンガルの虎」を見たかったとか、
天井桟敷の「疫病流行記」を見たかった、
というのは、
観たくとも世代的に絶対無理だったので仕方がないのですが、
上記の3大後悔は、
見ようと思えば見ることは出来たのに、
見るという選択をしなかったという大後悔です。
その後「永遠かも知れない」を観て、
また大興奮をして、
僕の中でシベリア少女鉄道は絶対になりました。
その当時の作品と比較して、
最近のシベリア処女鉄道は、
土屋亮一さんも心に余裕が出来たからなのか、
作品に世界の終わりを目撃するような、
ある種切羽詰まった感じがなく、
とてもウェルメイドな感じになっています。
それと、ネタがかなり「演劇」に傾斜していて、
演劇を上演するという枠の中に留まることが多くなっている、
という点も少し物足りなく感じる点ではあります。
ただ、作品の技術的クオリティは、
昔と比べれば格段に上がっていて、
演技も美術も音響も、
しっかりとプロのレベルに仕上がっているのはさすがです。
昔はその発想や構成は奇蹟のように素晴らしくても、
演技は正直学芸会かおままごとレベルということが、
通常であったからです。
ただ、「永遠かも知れない」のように、
そこをまた逆的に取ったような傑作もありました。
さて、今回の作品は以前の「VR」という作品にちょっと近いのですね。
最初にテレビをザッピングするように、
幾つかの番組的世界がドラマとして展開され、
それから刑事ドラマと青春ものを掛け合わせたような、
ありがちな物語が始まるのですが、
それが途中から人物の出し入れが、
やや辻褄の合わないような感じになり、
外野からの声が響いて、
今まで見ていたものが、
対戦型のカードゲームの世界であったことが明らかになります。
その後はカードの出し入れによって、
生身のキャストが複数の役を演じないといけない事態となり、
そのドタバタを何とか収束しつつ、
物語の大団円を全員が目指す、
といういつもの展開になります。
以前の「VR」ではモニター上に、
そのゲームのプレイヤーの日常が投影されるのですね。
そのプレイヤーの日常世界と、
舞台上で進行するゲームの枠の中の物語の世界が、
同時進行するという流れになります。
物語が実は外部世界から操られて存在していた、
というのは、
演劇のみならず、映像メディアや活字メディアでも、
昔から定番の多層世界の趣向ですが、
シベリア少女鉄道の新しさは、
その多層世界を目撃している、
第三層とも言うべき観客の存在もそこに取り込んで、
崩壊しそうな世界を、
その3者で何とかもちこたえ、
世界を収拾に向かわせるというゲームを、
シニカルかつ必死に、
それでいて徹底して遊んでしまおう、
という、これまでより一歩進んだ展開を、
演劇という枠組みに与えた、
という点にあります。
今回の作品ではキャスト陣が精鋭揃いで、
精緻な仕掛けを熟練の手際で動かし、
拡散する物語を纏め上げた手腕に感心させられました。
ただ、ゲームを操っている世界が、
この作品では数回のナレーションでしか提示されず、
後はキャラの頑張りのみがクローズアップされる、
という後半の展開は、
最近のシベ少はほぼ全てそうなのですが、
少し物足りない感じを持ちました。
「残酷な神が支配する」の衝撃は、
巨大なアントニオ猪木の映像が現れて、
それが舞台全体をぶん回す、
という圧倒的な奇想的場面にこそあったので、
普段目にしてはいけない異常な存在が、
この世界を成立させている、
というような奇想を、
個人的には想像してしまったのでした。
また今回上演時間は2時間強で、
後半の1時間以上は、
ネタバレ後の混乱収束が延々と続くので、
やや単調で長過ぎる、
という感じは否めませんでした。
ただ、そうした点を割り引いても、
最近のシベ少の舞台の中では、
最もそのからくり仕掛けの凄みを、
堪能出来た作品であったことは確かで、
これからも必ず足を運びたいとは思っています。
それでは今日はこのくらいで。
皆さんも良い休日をお過ごし下さい。
石原がお送りしました。
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