「盲導犬」(唐組・第76回公演)

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は日曜日でクリニックは休診です。

休みの日は趣味の話題です。
今日はこちら。
盲導犬.jpg
唐組の第76回公演として、
1973年に唐先生が蜷川幸雄さんに書き下ろした、
「盲導犬」が上演されています。
その猿楽通り沿いテントの上演に足を運びました。

以下今回の舞台の演出に触れた感想になります。
ネタばれの部分がありますので、
これから鑑賞予定の方は、
鑑賞後にお読みください。

この作品は2009年に一度唐組で上演されていて、
それ以外に蜷川さんによる何度かの再演があり、
また新宿梁山泊による上演もありました。

1970年代の唐作品らしいスケール感と凄みがある一方、
1時間40分程度の1幕劇で、
時間的には上演しやすいのが魅力です。

ただ、オープニングに盲導犬が登場するという指定があったり、
中段で巨大な黒い犬が姿を現し、
ラストにはコインロッカーが開くと、
その向こうに海が現れ、
そこから登場した巨大な黒犬が、
ヒロインの喉笛を搔き切って姿を消す、
という場面があるなど、
上演にはかなりハードルが高い部分のある作品です。

僕は2009年の唐組上演版と、
2013年の蜷川演出再演版を観ていますが、
蜷川さんの演出でも、
実際の盲導犬は登場しなかったと記憶しています。

この戯曲では不服従の犬と呼ばれる、
ファキイルという怪物的な黒犬が登場しますが、
大部分は台詞で語られるだけで、
登場するのは中段で逃げ去る黒い犬(ファキイルかどうかは不明)と、
ラストでコインロッカーの向こうから登場し、
ヒロインの喉笛を噛み切るシーンのみです。

これをどう舞台上で表現するのかが、
この作品の肝だと思います。

蜷川さんの演出では、
実際には黒い犬は登場せず、
ホリゾントに映し出された巨大な赤い太陽が、
潰れて黒く変わり、
同時に犬の咆哮が響く、
というイメージ優先の処理がされていました。

これはこれで印象的ではあるのですが、
何かはぐらかされたという印象はあります。
唐先生が原作でイメージしたのは、
こんなものではなかったのではないか、
という気がするからです。

ただ、2009年に唐先生が初めて演出したヴァージョンでは、
縫いぐるみの黒い犬が海の書割の前に登場して、
ヒロインに襲い掛かるという、
原作の通りなのですが、
かなり即物的な演出がされていました。

これはこれで、
ちょっと脱力を感じたことも事実です。

今回の上演は、
唐先生と久保井研さんの共同演出とクレジットされていて、
唐先生を知り尽くしている久保井さんが、
どのような「盲導犬」の別ヴァージョンを見せてくれるのかに、
とても興味と期待がありました。

感想としては、
間違いなく2009年の上演より優れた舞台で、
黒い犬の表現も、
非常に工夫の凝らされたものでした。

原作は1幕劇として書かれていますが、
途中で舞台上で時間が経過する部分があり、
そのため前回の唐組の上演では途中に1回休憩が入れられていて、
今回もその演出が踏襲されていました。

盲導犬は最初から作り物の犬が使われていました。
原作にある海の書割の代わりに、
閉まったコインロッカーをホリゾント代わりにして、
海の映像が投影されていました。
原作では海の絵は、
ラストにコインロッカーが開いた時のみ現れるという設定ですが、
今回の演出では、
ヒロインの死んだ夫と、
ヒロインが邂逅するような、
時空が歪む場面で、
何度か海の映像が使われていました。
問題の黒犬は、
テグスで宙を飛ぶ黒い布で表現されていて、
特にラストは、
原作の指示はコインロッカーの壁が大きく開く、
というものでしたが、
封印されていた1つのロッカーのみが開き、
その中から黒い犬に見立てた黒布が飛び出し、
花道の上空を飛行するのが非常に効果的でした。

個人的には、
この作品の上演史でおそらく初めて、
伝説の犬ファキイルが、
視覚化されたように感じました。

舞台の密度においても、
演技の充実度においても、
僕の観た「盲導犬」の舞台の中では、
間違いなく一番の出来で、
それでも物足りない点もあるのが、
唐先生の戯曲の深みだと思いますが、
アングラ芝居の真価を感じさせる、
素晴らしい舞台であったと思います。

ご興味のある方は是非。

それでは今日はこのくらいで。

皆さんも良い休日をお過ごし下さい。

石原がお送りしました。

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