単純ヘルペスウイルス感染とアルツハイマー型認知症リスク(2025年アメリカの疫学データ)

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は院長の石原が外来を担当する予定です。

それでは今日の話題です。
今日はこちら。
ヘルペスウイルスと認知症リスク.jpg
BMJ Open 誌に2025年5月付でウェブ掲載された、
ヘルペスウイルスの感染と、
アルツハイマー型認知症との関連についての論文です。

ウイルスなどの感染が、
認知症、特にアルツハイマー型認知症のリスクになっているのでは、
というのは、
2010年頃から提唱されている仮説です。

アルツハイマー型認知症においては、
アミロイドβの異常蛋白の蓄積が起こりますが、
アミロイドβ自体が、
ウイルスなどの感染を抑制する働きを持っていて、
その歯止めが利かなくなることで、
認知症が進行するのではないか、という考え方です。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30314800/

それが事実であるとすれば、
認知症の誘因となっている感染をコントロールすることにより、
認知症の予防が可能ではないか、
という考え方が出来ます。

認知症との関連が指摘されることが多いウイルスの1つが、
ヘルペスウイルスです。

ヘルペスウイルス(herpesvirus )は、
正20面体の特徴的な構造を持つ、
DNAウイルスです。
哺乳類はそれぞれ固有のヘルペスウイルスに感染し、
鳥や魚も、
それぞれ固有のヘルペスウイルスに感染します。

ヘルペスウイルスの一番の特徴は、
一度感染すると、決して完全には消えてなくならない、
ということです。
結核菌と同じように、
人間の免疫の力は、
このウイルスを身体から完全に追い出すことは出来ないのです。
初感染で暴れまわったウイルスは、
免疫の防衛軍の手によって、
降伏し、もう悪さをしないことを誓うのですが、
だからと言って、完全に改心した訳ではなく、
少数ながら身を潜めて、
再び暴れまわる時を、
密かに窺っているのです。
これは概ね、免疫の防衛軍が、
その力を弱めた時に起こります。
これをヘルペスウイルスの再活性化、と言います。
ヘルペスの不思議さは、
初感染と再活性化の時の症状とが、
大きく違っていることです。

人間に感染するヘルペスウイルスは現在、
8種類が知られています。
これは見付かった順番に、
HSV1からHSV8という番号が付いています。

まず、HSV1は単純ヘルペスウイルス1型と呼ばれています。
これは主に小さいお子さんに感染し、
のどに水ぶくれが出来て、
高熱が出ます。
これが初感染です。
このウイルスは神経や皮膚に潜んでいて、
再活性化すると皮膚症状を示します。
これは口唇ヘルペスなどと呼ばれているもので、
唇の周辺にちょっとピリピリとした痛みのある、
水ぶくれのような湿疹が出来るのです。

HSV2は単純ヘルペスウイルス2型と呼ばれていて、
1と良く似ているウイルスですが、
外陰部に出来易いのが特徴です。
矢張り同じように再活性化します。
これは一種の「性病」とされています。

HSV3は、これも皆さんお馴染みの、
水ぼうそうと帯状疱疹を起こすウイルスです。
これも初感染は水ぼうそうなのですが、
再活性化すると帯状疱疹になります。

HSV4は特別にサイトメガロウイルスと呼ばれています。
これは初感染は殆ど症状を出しません。
大人の9割は既に感染していると言われています。
ただ、妊娠中にお母さんに感染すると、
お子さんに影響を与えることが知られています。
再活性化は通常はあまり起こらず、
骨髄移植の後やHIV感染に伴って、
重症の肺炎などを起こします。

HSV5はこれも特別にEBウイルスと呼ばれています。
9割が20代までに感染します。
初感染の症状は「伝染性単核球症」という、
特別の名前が付いています。
熱が出て、首のリンパ腺がゴリゴリに腫れ、
扁桃腺がこれもパンパンに腫れます。
ポイントは、B細胞というリンパ球に感染することです。
身体の防衛部隊に侵入し、
そこで感染を起こすのです。
一端治まった後も、少数がリンパ球の中に潜んでいて、
再活性化してB細胞リンパ腫という、
一種の白血病の原因となることがあります。
感染したB細胞の遺伝子を変化させてしまうのです。

HSV6とHSV7は同じ仲間で、
共に「突発性発疹」というお子さんの病気の原因ウイルスです。
大体生まれてから半年から1年くらいのお子さんに多く、
高熱が数日出て、
熱が下がってから全身に赤い湿疹の出来る病気ですね。
HSV6は1986年に、
HIV感染者のリンパ球から見付かりました。
それからしばらくして、
突発性発疹というポピュラーな病気の原因であることが、
明らかになったのです。
稀に初感染での重症の脳炎を起こすことがあります。
再活性化は一番怖いのが骨髄移植の後の脳炎ですが、
近年特殊な薬疹の原因でもあることが、
明らかとなりました。

HSV8は初感染は何であるのか、未だ不明ですが、
HIV感染などで再活性化して、
「カポジ肉腫」という特有の湿疹を作ります。

以上のようにかなり多彩なヘルペスウイルスですが、
認知症との関連が主に指摘されているのは、
このうちのHSV1とHSV2、そしてHSV3の3種類のウイルスです。

この3種のウイルス、
つまり単純ヘルペスウイルスの1型、2型、
そして水痘・帯状疱疹ウイルスは、
いずれもアルツハイマー型認知症との関連が報告されています。

この3種のウイルスの感染があると、
その後の認知症、特にアルツハイマー型認知症のリスクが増加する、
という報告が多いのですが、
一部にはあまり明確な関連が認められなかった、
というものもあります。

従って、まだ確定的な知見とまでは言えないのです。

注目されるのは、
抗ウイルス剤やワクチンによるヘルペスの予防や治療が、
認知症の予防にも繋がるのではないか、
という報告が幾つかあることです。

たとえば2025年のNature誌の論文では、
帯状疱疹予防に生ワクチンを接種すると、
その後の認知症のリスクが20%低下した、
というデータが報告されています。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40175543/

今回の研究はアメリカにおいて、
医療保険などのデータを活用することにより、
単純ヘルペスウイルス1型の感染とその治療が、
アルツハイマー型認知症のリスクに、
どのように影響するのかを解析したものです。

トータルで344628組の、
年齢などをマッチングさせた、
アルツハイマー型認知症の患者とコントロールとを比較したところ、
単純ヘルペスウイルス1型の感染は、
その後のアルツハイマー型認知症のリスクを、
1.80倍(95%CI:1.65から1.96)有意に増加させていました。
そして抗ウイルス剤によるヘルペス感染の治療歴のある人は、
ない人と比較して、
その後のアルツハイマー型認知症のリスクが、
17%(95%CI:0.74から0.92)有意に低下していました。

論文を読んだ限り、
実際の抗ウイルス剤の使用量や使用期間などは不明で、
どのような介入が、
実際に認知症リスクの抑制に結び付くのかは不明です。

従って、
認知症とヘルペスウイルス感染との間に、
何らかの関連があることは事実としても、
治療などの介入が実際に認知症の予防になるかどうかは、
まだ不明だと考えた方が良く、
今後の検証の積み重ねを、
注意深く見守りたいと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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