抗コリン剤の認知症リスク(2024年イギリスの疫学データ)
こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。

BMJ Medicine誌に2024年11月12日付で掲載された、
抗コリン作用を持つ薬剤の、
認知症リスクについての論文です。
抗コリン作用と言うのは、
副交感神経に代表される、
アセチルコリン作動性神経の働きを抑えるというもので、
非常に多くの薬剤がこの作用を持っています。
その中には抗コリン作用そのものが、
薬の効果であるものもありますし、
副作用として抗コリン作用を持つものもあります。
アセチルコリン作動性神経により、
胃や気管支、膀胱などの平滑筋は収縮しますから、
胃痙攣を抑える目的で使用されたり、
気管支拡張剤として、
また過活動性膀胱の治療薬として使用されます。
パーキンソン症候群の補助的な治療薬として、
使用されることもあります。
その一方で、
鼻水や痒みを止める抗ヒスタミン剤や、
抗うつ剤や抗精神薬は、
副作用としての抗コリン作用を持っています。
この抗コリン作用は基本的に末梢神経のものですが、
脳への作用も皆無ではありません。
一方で認知症では脳のアセチルコリン作動性神経の障害が、
早期に起こると考えられています。
そのために、
現在認知症の進行抑制目的で使用されている、
ドネペジル(商品名アリセプトなど)は、
脳内のアセチルコリンを増やす作用の薬です。
抗コリン剤はアセチルコリン作動性神経を抑制する薬ですから、
これがそのまま脳に働けば、
脳のアセチルコリン作動性神経の働きを弱め、
認知症のような症状を出すであろうことは、
当然想定されるところです。
実際に高齢者に抗コリン剤を使用することにより、
せん妄状態や、記憶障害や注意力の障害など、
認知症様の症状が急性に見られることは、
良く知られた事実です。
通常こうした急性の症状は、
薬剤の中止により回復する、
一時的なものと考えられています。
しかし、
高齢者が長期間こうした薬剤を使用している場合はどうでしょうか?
それが認知症の発症に繋がるようなことはないのでしょうか?
この点については、
あまり長期間の観察を行なったようなデータが、
これまで存在していませんでしたが、
2015年1月のJAMA Internal Medicine誌に、
アメリカにおける、
高齢者の大規模な健康調査のデータを活用して、
抗コリン剤の長期処方と、
認知症の発症との関連を検証した論文が掲載されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25621434/
65歳以上の認知症のない高齢者3434名を登録し、
平均で7.3年間の経過観察を施行したデータを解析したところ、
65歳以上の高齢者が、
3年以上常用量の抗コリン作用のある薬を使用すると、
その薬の種別に関わらず、
最大で1.5倍程度の
認知症のリスクの増加が生じる可能性がある、
という結果が得られています。
ただ、このデータにおいては、
個別の抗コリン作用のある薬の種別と、
認知症リスクとの関連は明らかではありません。
通常に考えると、
泌尿器科などで高齢者に長期使用が常態化している、
夜におしっこが頻繁になったり、
おもらしをしてしまうような症状の原因である、
過活動膀胱の治療薬などは、
その脳への作用は限定的であるように、
薬の添付文書などを見る限りはそう思えます。
しかし、それは本当に正しい考え方なのでしょうか?
今回の研究はイギリスのプライマリケアの医療データベースを活用して、
55歳以上で新規に認知症を発症した170742名の患者を対象に、
認知症診断前の過活動膀胱治療薬の使用と、
認知症リスクとの関連を検証しているものです。
その結果、
いずれかの過活動膀胱治療薬を使用していると、
その後の認知症のリスクは、
関連する因子を補正した結果として、
1.18倍(95%CI:1.16から1.20)有意に増加していました。
それぞれの過活動膀胱治療薬毎の解析では、
オキシプチニン塩酸塩(商品名ポラキスなど)、
ソリフェナシンコハク酸塩(商品名ベシケアなど)、
酒石酸トルテロジン(商品名デトルシトールなど)、
の使用頻度の高い3種類の薬剤で、
長期使用による認知症リスクの有意な増加が認められました。
具体的には、
オキシプチニンの366から1095日の使用により、
1.31倍(95%CI:1.21から1.42)、
1095日を超える使用により、
1.28倍(95%CI:1.15から1.43)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
同様にソリフェナシンの366から1095日の使用により、
1.18倍(95%CI:1.09から1.27)、
1095日を超える使用により、
1.29倍(95%CI:1.19から1.39)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
更にトルテロジンの366から1095日の使用により、
1.27倍(95%CI:1.19から1.37)、
1095を超える使用により、
1.37倍(95%CI:1.17から1.34)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
今回検証された薬の中で、
プロピベリン塩酸塩(商品名バップフォーなど)、
フェソテロジンフマル酸塩(商品名トビエースなど)、
などの薬剤では、
有意な認知症リスクの増加は確認されませんでした。
このように、
今回のプライマリケアのデータを使用した大規模な研究では、
現在過活動膀胱の治療薬として、
高齢者にも広く使用されている薬剤の多くで、
特に1年以上という長期の継続した処方により、
認知症リスクの増加が確認されました。
リスク増加が認められた3種類の薬剤は、
同種の薬剤の中でも広く使用されているもので、
使用頻度の多さが、
結果に影響した可能性も想定されます。
従って、同種の薬剤でその認知症リスクに差がある、
という決めつけは適当ではなく、
広くリスクの増加があると考えておくのが、
現時点では妥当な判断であるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
北品川藤クリニックの石原です。
今日は水曜日なので診療は午前中で終わり、
午後は産業医面談などで都内を廻る予定です。
それでは今日の話題です。
今日はこちら。

BMJ Medicine誌に2024年11月12日付で掲載された、
抗コリン作用を持つ薬剤の、
認知症リスクについての論文です。
抗コリン作用と言うのは、
副交感神経に代表される、
アセチルコリン作動性神経の働きを抑えるというもので、
非常に多くの薬剤がこの作用を持っています。
その中には抗コリン作用そのものが、
薬の効果であるものもありますし、
副作用として抗コリン作用を持つものもあります。
アセチルコリン作動性神経により、
胃や気管支、膀胱などの平滑筋は収縮しますから、
胃痙攣を抑える目的で使用されたり、
気管支拡張剤として、
また過活動性膀胱の治療薬として使用されます。
パーキンソン症候群の補助的な治療薬として、
使用されることもあります。
その一方で、
鼻水や痒みを止める抗ヒスタミン剤や、
抗うつ剤や抗精神薬は、
副作用としての抗コリン作用を持っています。
この抗コリン作用は基本的に末梢神経のものですが、
脳への作用も皆無ではありません。
一方で認知症では脳のアセチルコリン作動性神経の障害が、
早期に起こると考えられています。
そのために、
現在認知症の進行抑制目的で使用されている、
ドネペジル(商品名アリセプトなど)は、
脳内のアセチルコリンを増やす作用の薬です。
抗コリン剤はアセチルコリン作動性神経を抑制する薬ですから、
これがそのまま脳に働けば、
脳のアセチルコリン作動性神経の働きを弱め、
認知症のような症状を出すであろうことは、
当然想定されるところです。
実際に高齢者に抗コリン剤を使用することにより、
せん妄状態や、記憶障害や注意力の障害など、
認知症様の症状が急性に見られることは、
良く知られた事実です。
通常こうした急性の症状は、
薬剤の中止により回復する、
一時的なものと考えられています。
しかし、
高齢者が長期間こうした薬剤を使用している場合はどうでしょうか?
それが認知症の発症に繋がるようなことはないのでしょうか?
この点については、
あまり長期間の観察を行なったようなデータが、
これまで存在していませんでしたが、
2015年1月のJAMA Internal Medicine誌に、
アメリカにおける、
高齢者の大規模な健康調査のデータを活用して、
抗コリン剤の長期処方と、
認知症の発症との関連を検証した論文が掲載されました。
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25621434/
65歳以上の認知症のない高齢者3434名を登録し、
平均で7.3年間の経過観察を施行したデータを解析したところ、
65歳以上の高齢者が、
3年以上常用量の抗コリン作用のある薬を使用すると、
その薬の種別に関わらず、
最大で1.5倍程度の
認知症のリスクの増加が生じる可能性がある、
という結果が得られています。
ただ、このデータにおいては、
個別の抗コリン作用のある薬の種別と、
認知症リスクとの関連は明らかではありません。
通常に考えると、
泌尿器科などで高齢者に長期使用が常態化している、
夜におしっこが頻繁になったり、
おもらしをしてしまうような症状の原因である、
過活動膀胱の治療薬などは、
その脳への作用は限定的であるように、
薬の添付文書などを見る限りはそう思えます。
しかし、それは本当に正しい考え方なのでしょうか?
今回の研究はイギリスのプライマリケアの医療データベースを活用して、
55歳以上で新規に認知症を発症した170742名の患者を対象に、
認知症診断前の過活動膀胱治療薬の使用と、
認知症リスクとの関連を検証しているものです。
その結果、
いずれかの過活動膀胱治療薬を使用していると、
その後の認知症のリスクは、
関連する因子を補正した結果として、
1.18倍(95%CI:1.16から1.20)有意に増加していました。
それぞれの過活動膀胱治療薬毎の解析では、
オキシプチニン塩酸塩(商品名ポラキスなど)、
ソリフェナシンコハク酸塩(商品名ベシケアなど)、
酒石酸トルテロジン(商品名デトルシトールなど)、
の使用頻度の高い3種類の薬剤で、
長期使用による認知症リスクの有意な増加が認められました。
具体的には、
オキシプチニンの366から1095日の使用により、
1.31倍(95%CI:1.21から1.42)、
1095日を超える使用により、
1.28倍(95%CI:1.15から1.43)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
同様にソリフェナシンの366から1095日の使用により、
1.18倍(95%CI:1.09から1.27)、
1095日を超える使用により、
1.29倍(95%CI:1.19から1.39)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
更にトルテロジンの366から1095日の使用により、
1.27倍(95%CI:1.19から1.37)、
1095を超える使用により、
1.37倍(95%CI:1.17から1.34)、
認知症のリスクがそれぞれ有意に増加していました。
今回検証された薬の中で、
プロピベリン塩酸塩(商品名バップフォーなど)、
フェソテロジンフマル酸塩(商品名トビエースなど)、
などの薬剤では、
有意な認知症リスクの増加は確認されませんでした。
このように、
今回のプライマリケアのデータを使用した大規模な研究では、
現在過活動膀胱の治療薬として、
高齢者にも広く使用されている薬剤の多くで、
特に1年以上という長期の継続した処方により、
認知症リスクの増加が確認されました。
リスク増加が認められた3種類の薬剤は、
同種の薬剤の中でも広く使用されているもので、
使用頻度の多さが、
結果に影響した可能性も想定されます。
従って、同種の薬剤でその認知症リスクに差がある、
という決めつけは適当ではなく、
広くリスクの増加があると考えておくのが、
現時点では妥当な判断であるように思います。
それでは今日はこのくらいで。
今日が皆さんにとっていい日でありますように。
石原がお送りしました。
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