M&Oplaysプロデュース「峠の我が家」

こんにちは。
北品川藤クリニックの石原です。

今日は土曜日で午前中は石田医師が、
午後2時以降は石原が外来を担当する予定です。

土曜日は趣味の話題です。
今日はこちら。
峠の我が家.jpg
毎年恒例と言って良い、
M&Oplaysプロデュースでの、
岩松了さんの新作公演が、
今下北沢の本多劇場で上演されています。

岩松さんは本当に多彩な作品を発表されていますが、
今回の作品は明確な終着には到らない、
重層的でファンタジー色の強いラストを持ち、
岩松さんなりの視点で、
庶民と戦争との関連を追及した作品でもあります。
「われわれは善なるものにすがろうとして、
結局は悪に加担しているだけじゃないのか?」
というような台詞は、
形を変えて何度も作品に登場しているものです。

舞台は峠にある古いホテルに設定され、
そこでは二階堂ふみさんと柄本時生さんの夫婦が、
岩松了さん演じる柄本さんの父親と、
ホテルを運営しながら暮らしています。
そこに、仲野太賀さん演じる青年が、
池津祥子さん演じる兄嫁と一緒に、
病気の兄の友人に、
軍服を届けるためにやって来ます。
そこに反戦運動の団体の代表者をしている、
岩松さんの友人の彫刻家と、
その運転手の男性が絡みます。

2組の偶然出逢った男女がいて、
それぞれに過去の闇を抱えています。
柄本さんは二階堂さんの姉を愛していたのですが、
スジバとい男を駆け落ちをして失踪。
スジバは戦地で命を落とします。
二階堂さんは姉の替わりとして柄本さんの妻となっています。

仲野さん演じる青年は、
兄の期待に応えられないという負い目があり、
その兄が戦場で負傷をして、
精神的にも荒廃した状態で戦地から戻り、
その悲惨さに思い余って、
兄嫁と共謀して兄を謀殺してしまいます。
軍服を兄の友人に届けるというのは口実で、
2人で死地を求めてさまよっていたのです。

二階堂さんは姉を誘惑したスジバの名を付けた亀を飼っていて、
ある時蛇がスジバを殺そうとしたので、
それを傘で突いて殺したのだと言いますが、
それが現実であるのか妄想であるのか、
蛇を殺したのは誰なのかも定かではなく、
その時の傷だけが床に残り、
それが今生きている登場人物達を、
実際に傷つけています。

2組の男女のドラマは、
基本的には無関係なのですが、
二階堂さんと仲野さんは次第に惹かれ合い、
仲野さんが胸に秘めた秘密を告白してしまった辺りから、
2つのドラマの境界は次第に不鮮明なものとなり、
どちらがどちらであるのかも判然としなくなります。

前半で軍服を届ける先は、
姉のところかも知れないと二階堂さんが言う時には、
それは仮定の話として捉えられていますが、
後半で軍服の主がスジバだと夢で語られる時には、
2つのドラマの境はもう溶けてしまっているようです。

全体は4場の構成になっていて、
3場の終わりまでは筋が辛うじて追える感じですが、
4場の初めで亀の夢の場面になると、
何処までが現実で何処までが夢であるのか、
亀の世界こそが現実であるのか、
二階堂さんが現実から逃避するために作った物語の世界に、
入り込んでしまっているのか、
全体が判然としない感じになり、
柄本さんは仲野さんの兄の役割を引き受けて、
命を絶ったようにも思われますが、
事実は判然としないまま、
ドールハウス的な亀の舞台に主人公2人は再生することで、
物語は終わります。

最近の岩松さんの作品の多くは、
ラストが今回のようなファンタジー色の強いものとなっていて、
その点を受け入れるかどうかで、
作品の受け入れや好みも変わるような気がします。

個人的には、
「市ヶ尾の坂ー伝説の虹の三兄弟」や「月光のつつしみ」、
「水の戯れ」辺りの、
鮮烈なラストがとても印象深いので、
今の岩松さんのラストには、
まだ抵抗感のあることは事実です。

ただ、今回の作品は物凄く精緻に組み立てられていて、
3場までは岩松さんの代表作の1つと言っても良い仕上がりです。
戦争というものの悲劇を、
人間関係の複雑なきしみの中に、
徐々に染み出す「毒」のように描いたのも見事ですし、
複雑な人間関係が、
次第に溶け合ってゆく辺りも、
岩松さんでしか成し得ない台詞劇の境地だと思います。

キャストの芝居がまた絶妙で、
岩松さんの台詞を深く理解した上で、
これ以外はないという台詞のやり取りが、
工芸品のように構築されていました。

そんな訳で晦渋なお芝居ではありますが、
台詞の1つ1つをその場で楽しむという気分で、
あまり考察的な筋追いはせず、
岩松さんの円熟した台詞劇の世界を、
楽しんで頂ければ吉だと思います。

それでは今日はこのくらいで。

今日が皆さんにとっていい日でありますように。

石原がお送りしました。

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